
ふるさと小郡 たずねある記100選
山口市小郡(旧 小郡町)の歴史マップです。
小郡の歴史を、地図【Mapion(マピオン):地図】でわかりやすく紹介しています。 今からの地域の紹介をWeb地図の有効な使用方法だと感じました!
小郡ライフネット

このほど、萩市の第十回 浜崎伝建おたから博物館に行ってきました。
当日配布されていたパンフレット(浜崎伝建おたから まっぷ)
に記載されていた、内容です。
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いらっしゃいませ。
毛利輝元が広島から萩に入り、築城後、城下町を造り始めますが、その時最初に
できた町が浜崎です。 慶長・元和(1615〜1642)期に描かれた城下図に、
萩城の他には現在の浜崎の地に、『浜崎』『士屋敷』『町屋』が記されているだけでした。
そして、寛永14年(1637)の島原の乱の出陣時には浜崎の船持衆が藩の御用船を調達しており、その時既に浜崎は北国門屋などの商売で栄えていたことが伺えます。
このように浜崎は、江戸時代から藩の経済の中心地として栄え、大正14年(1925)に
鉄道が萩駅まで開通した後も、昭和初期までは、商業、漁業、水産加工業で大いに繁栄しました。
今でも、当時の面影を残す、太い人見梁の切妻平入厨子二階建ての町家がたくさん建っており、またお金持ちが集めたお宝もたくさん残っています。今日は、浜崎の歴史的町並みとお宝と美味しい食べ物と面白い催しを楽しんでいってください。

私はこのおたから博物館に始めてきました。まるで、タイムスリップしたようで、とても楽しむことができました。
街並みの『レトロ』な感じが心を落ち着かせてくれ、各家での会話、
年配の方が昔話しこの家であったことを、目を輝かせ語ってくれ、本当に感激しました。
自分の『時の流れ』もスローに感じさせてくれます。
また、街角にあった民家を利用してのイタリア料理店もいい感じでした。

このような町では、ナショナルブランドは不要に感じますし、興味もない存在です。
街並みの良さは(近代的であることは)は個人において興味をそそるものであるかもしれませんが
ただ、トレンドの流れの速さとともに衰退していくように感じます。
レトロな街並みを維持することは、並たいていのことではありません。
新しい物で造り直すことは合理的で安上がりです。
古い家に住むことも居住されている夫婦に聞いてみても大変なことだとおっしゃっています。
しかし今の街並みを維持することが、居住されている夫婦にとっても『思い出』の大切さ
歴史・風土や祖先の思い出とともに維持しているという、誇りの言葉に代わっていきます。
地域活性化と街並み保存の考え方についての思いこのようなイベントで感じることは、観光客は非日常(自分が住んでいる世界との対比)をもとめこのような
レトロな街並みに足を運ぶのだと感じます。(観光地はすべてそうです。その人の住む世界とのギャップが魅力となるのです)
イベントは、町おこしの一手段であり、継続的な『町おこし』を行うにはこのイベントを日常化すること(継続的に雰囲気及び・レトロを維持すること)が
重要だと感じます。そのことは日常的に『収益性』があり経済として成立することです。
それには、街全体での『レトロ イメージ』のデザインも必要になりこの街にしかない手作り品を各店舗で
つくることも需要となってきます。
街に住む人にとっては、この風景や空気は『日常的』であるかもしれません、このよさが見えなくなっている現状を
あちらこちらで、見てきています。せっかくの雰囲気を台無しにする建物を平気で作っていますしその良さにも気づいていないのです。
何でもそうですが、自分の世界にのめり込むと『自分と世の中のギャップ』が見えなくなるのです。

街並み保存と、経済的な効果をその商店街にいかにもたらすか、街並み全体でのコンセプト創りとが重要であり
その経済効果が、継承者(若者)の定着及び増加につながると感じます。
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追記
1文銭が、16枚並んでいます。昔しは足の大きさの尺度として一文銭を並べてその
尺度にしていたそうです。 なるほど、ジャイアント馬場の大きさはこれなのか
でかい。

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ヤスベェこと、大谷 泰彦さん(47才)と対談!!
山口県人で、ヤスベェこと大谷泰彦さんを知らない人はいないと思います。(はっきり言って、知らない人はもぐりですよ!!
(^○^) )
ヤスベェさんは、現在 山口ケーブルビジョン ヤスベェの「幸せます」 毎日 13:35〜・22:30〜(1日2回) ・ FM山口 ザ・ムーブマン 毎週日曜 18:30〜18:55 ・ しゅうなんFM ヤスベェの「ソーラーに太陽がある限り!」 毎週火曜日 8:35〜8:50(残念ながらこの番組は終了しました

)
など、数々のテレビやラジオに出演する、引っ張りだこの
タレントです(^_-)-☆

ヤスベェさんと言えば、司会に、講演・音楽など
多才なエンターティナーですが、ラジオのトーク番組には、特に思い入れがあります。
それは、泰彦少年が中学2年生の時にさかのぼります。
学校である事件がありました。泰彦少年は、父親に本当のことが言えませんでした。しかし、嘘をつきとおすことができず、叱られることを覚悟で、真実を話しました。すると、父親は叱るどころか、俺が悪かったと息子に謝りました。もちろん、泰彦少年は、大泣きしました。
そして翌日父親は、片手にスカイセンサーを高々と持ち上げ、「やすひこー」と帰宅しました。
スカイセンサーとは、1970年代に小・中学生の間で海外の短波放送を聴取することが流行し始め、多くの家電メーカーから短波が受信できるラジオが発売されるようになったなかでも、一番人気のトランジスターラジオです。
泰彦少年は、このスカイセンサーが欲しい一心で、ある事件を起こし、本来殴られるくらい叱られるはずなのに、父親に欲しかったスカイセンサーを買ってもらったという経験を通し、
ラジオで話す仕事をすると志を持ったそうです。
涙なくしては聞けないこの素晴らしい話を聞きたい方は、やすべぇさんの講演等で、ぜひお聞きください。感動で、心がふるえます。
(T_T) ラジオ界日本最高記録保持者でもあり、ローカル局夕方ワイド枠部門全国最高視聴率27.5%を記録を持つ、
柏村武昭(現参議院議員)を師匠と仰ぎ、報道のあるべき姿や、教育、人権など様々な問題に取り組んでいるヤスベェさん。
これからますますのご活躍を期待します。
ヤスベェさんのホームページはこちらから
http://www.kvision.ne.jp/~aozora/ヤスベェさんと、一緒に 筆者


回天発射訓練設備、この光景はまるで天国への階段というイメージでした。

山口県の名物や文化、歴史などを題材に取り入れ、札は絵と読み札の88枚で解説付の地図、
手すきの和紙製収納箱入りで販売されました。( 完売しました(*^^)v )
「元氣」の気を米の入っている昔の字を使ったのは、日本人の元気の元(もと)は米にあると
いうことから使ったそうです。

企画・制作 大寺和美さん

絵 山本奈実さん