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右田岳 〜防府市〜
平成18年12月19日
右田岳に登った。こんな年の瀬にと思われるかもしれないが、天候が良くみんなの都合が合えば、レッツゴー!!なのです。



右田ヶ岳(426m)は山口県防府市と山口市の境、1級河川の佐波川沿いの山陽新幹線、山陽自動車道、国道2号線が並行して走る右田地区に岩肌をあらわに露出し、まるで水墨画に出てくるような山です。




登山コースは、登山口のある天徳寺の境内を通り抜け、奥から木々の間の山道を登っていきます。

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万年山天徳寺は、建久3年(1192)源頼朝が創設したと山門内の公孫樹(いちょう)と白檀(びゃくだん)はその当時記念に植えられたと言い伝えられている。
 往昔、寺号を総受寺と称したが寛永2年(1625)毛利元倶(もととも)が右田を受領してから、この寺を再建して菩提寺として父元政の法名天徳性真にちなんで天徳寺と改めた。
以来右田邑主(ゆうしゅ)毛利氏の菩提寺として栄えたが、明治3年脱隊騒動にあい寺は悲運な兵火にかかって寺院、旧物を消失し、貴重な寺伝を失った。
 境内東の丘上に、毛利氏歴代の廟所(ひょうしょ)がありその上段には、初代元政の廟、下段には二代元倶より現代に至る歴代諸士がまつられてある。
 裏山石船山は、自然青松の上に奇巌がそびえて風光絶佳。中ほどに、周防国第25番の札所観音堂があり、これより山上に至る自然石に33体の観音像が彫刻され、頂上には心経巌がある。

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少し登ると、真下に右田小学校が、見えます。

 境内から木々の中の登山口を進み、しばらくすると視界が開ける。そうすると目の前に各摩崖仏や奇岩などが見えてくる。







右田岳は、大きな岩がたくさん集まったような山です。山まで登ったような、土や、木立などありません。もし今、大地震が来たらどうなるんだろうと考えると、怖くなります。

最大の難所に来ました。大きな岩がごろごろとあり、小さな人は登るのが大変だと思います。しかし、小学生でも右田岳に登ると聞いて、びっくりしました。






右田岳は、正面から見ると、1つの山ですが、からくりがあって、一つ登ると下り始め、もう一つ山が見えます。もう一つ頑張れと、登ると、またまたくだりはじめます。えーまーだー!!はいそうです。3つの山を登らなければ、頂上には、いかれないのです。



最後の山を登るときに、左右に道が分かれます。右には、頂上の国旗がそびえています。
左は、右田ヶ丘城の本丸跡にいけます。

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 右田ヶ岳の山頂にある、頂上は東中西の三峰に別れ、西峰が本丸跡、その東下に二の丸跡がある。至る所に奇巌が起伏した険阻(けんそ)この上なく、敵の侵攻を防ぐ天然の要塞である。
 大内氏の一族右田氏が、鎌倉末から城を構え、大内氏滅亡まで宗家を守っていた城跡である。
 毛利氏が防長平定のため、軍を進めたとき大内義長高嶺城を築き毛利元就と一戦すべしと、右田ヶ岳城に右田隆量父子、野田長房を置いて守らせた。弘治3年(1557)元就若山城に移陣し、隆量父子を味方に説得したところ求めに応じて右田ヶ岳城の守備を徹して進んで氷上の砦を取り、毛利を助けた。
 永禄12年(1569)大内輝弘が背いて山口に侵入のとき元就南方就正を城番としてこれに備え城兵が出て要撃した。
今は右田ヶ岳城跡は右田ヶ岳とともにハイキングコース、ロッククライミング訓練場として、若者の胸をおどらせている。

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頂上は、気温10度。記念写真を撮ったら、恒例のビールと、ラーメンパーティ!!
おなかいっぱいになり、瀬戸内海の美しい風景を見たら、下山開始。






下山して、横から、右田岳を見ると、確かに3つの山でした。
防府の人は、散歩代わりに毎日でも登っている山です。確かに、景色が常に変わるという、今まで登った山とは、一味違い、面白い山でした。

| 山口県登山物語 ハイク&ハイク | 07:23 PM | comments (x) | trackback (x) |
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